flower border

BLOG NOTE

管理人の日常

40年前のエアメール

Category日常
20170723-3.jpg

中学3年の頃、『海外文通クラブ』というものに所属していて、
アメリカのミネソタ州デリーという町に住むシンディという女の子と文通していました。

当時(40年前)はインターネットもワープロもない時代。
手書きのお手紙で、届くまでに1週間はかかったと思います。
それでも遠い異国の地に友達ができ、本場の英語に触れることができ、とても興味深い経験でした。

文通期間は約3年間で、20通くらい手紙の交換をし、お互いの写真やティーンマガジンなどを送りあったり、
ポップコーンなんかも送られてきたリ(笑)
趣味の話をしたり、好きな音楽のこと、日々の生活などを教えあったりしました。
シンディは金髪に青い目をした、とてもかわいい女の子でした。
ミネソタはアメリカ合衆国の北部に位置しているため冬が厳しく、
そのせいか彼女は春と夏が好きで、日本の桜吹雪が見たいと言っていました。
とても楽しく文通していましたが、高校に入って忙しくなり、いつのまにか自然消滅してしまいました。

その手紙は今でも大事に取ってあり、たまに懐かしく読み返したりしています。
しかし、今読んでみても、自分の英語力のなさから内容の8割くらいしか理解できません(^-^;
当時もたぶん辞書を片手に四苦八苦して翻訳していた記憶が…。
しかも非常に癖のある筆記体で、何て書いてあるのか判読不能な箇所もあって、
正直、自分がどこまで解って、何て返事を書いたのかも覚えていません。

たぶん彼女は、私のとんちんかんな文章に苦笑しながらお返事を書いてくれてたのかも。
本当に申し訳なかったと、今となってはただただ恐縮するばかりです。

シンディは今どこで何をしているのかなぁ?
私のことを覚えているだろうか?

ふと、家の場所を確認したくなり、文明の利器(グーグルアース)に頼ったところ…

封筒に書かれていた住所は、郵便局の私書箱(BOX)だったことが判明。
当然家は分からず、ストリートビューも入っていませんでした…。

町の名前を検索して調べたところ、彼女の住んでいた所は人口60人、面積1.2㎢の小さな村でした。
そう言えば「学校へ通うのに9km先の隣町まで行っていた」と書いてあったっけ…。
40年前は人口150人はいたようなので、過疎化が進んでいるのは間違いありません。
周りは広大な麦畑。どこまでも続く真っすぐな道路。人の姿もなく…。
ストリートビューを旅しながら、アメリカはほんとに広いんだなぁと改めて思います。

この数十年で世の中は飛躍的に発展し、遠くにいながらにして何でも分かってしまう時代になりました。
今になって彼女の生活環境を詳しく知ることとなり、新鮮な気持ちと同時に良かったのかどうなのか…ちょっと複雑な心境です。

もう一生会うことはないであろう、一番遠くに住んでいる私の友達。
願わくば今でも元気にどこかで暮らしてくれていたらいいと、そう思うばかりです。

0 Comments

Post a comment