flower border

BLOG NOTE

管理人の日常

志太郡衙跡

Categoryウォーキング
藤枝市駿河台にある、志太郡衙跡(しだ ぐんが あと)に行ってきました。

「郡衙」とは古代の役所のようなところで、ここは今から約1200年前、奈良・平安時代に使われていた駿河国志太郡の役所跡です。

郡衙跡は全国で数カ所ありますが、墨書土器(ぼくしょどき)の文字によって裏付けられた例は学術的にも大変珍しいそうです。
しかも国指定文化財にもなっていて、それをもっと早くに知っていれば来訪がこんなに遅くなることはなかったかもしれません。
なにしろ非常に地味な佇まいで、アクセスもそれほど良くなく、大々的に宣伝しているわけでもなく、私はいつも横目で眺めつつ通り過ぎていた場所でした(^^;)

志太郡衙跡へは隣接する青島北地区交流センターに車を停めて少し歩きます。

IMG_1875.jpg
周囲は散策ロードになっていて、まずは小高い丘にある展望広場を目指します。
こんな階段を見ると最近ワクワクしてしまう私です。マムシもいるようです…今は冬眠中よね(^^;

IMG_1876.jpg
数分で頂上らしきところに着きました。

IMG_1877.jpg
少し下ると、展望台です。

IMG_1879.jpg
西側に郡衙跡の全景が見えました。規模的にはそれほど広くないです。

IMG_1883.jpg
いよいよ階段を下りて郡衙跡へと向かいます。

IMG_1885.jpg
整備された散策路は歩いていて気持ちの良いものです。

IMG_1887.jpg
右手に郡衙跡を見下ろしながら歩いて行きます。

IMG_1909.jpg
着きました!正門です。板塀にそって川原石が敷き詰められていたそうです。
右側の通用門も頻繁に使われていたそうです。

IMG_1890.jpg
掘立柱(ほったてばしら)建物。発掘当時は穴だけだったのをパーゴラ表示してあります。
資料館のビデオでは木材でしたが、今は鉄に造り替えられています。ちょっとがっかり。なぜか理由が知りたい!

IMG_1903.jpg
こちらは石柱で穴の位置を表しています。

郡衙の仕事は、租・庸・調・雑徭(昔学校で習ったような?)の税を取る事務と、租税を収めた正倉の管理などで、他に戸籍の作成、裁判、祭祀、国の役人の接待なども行っていたそうです。

IMG_1905.jpg
井戸跡です。当時は杉板を井桁に組んで積み上げた立派なものでした。
炊事場の利用の他、祭祀や儀礼、行事などにも使われた重要な施設とされています。

IMG_1902.jpg
掘立柱建物の復原建物。奈良時代高官、藤原豊成の「板殿」を参考に設計が行われました。

IMG_1900.jpg
内部の様子。

IMG_1907.jpg
隣接する資料館では、出土品の展示、ビデオ紹介などを行っています。
内部撮影は禁止でした。


遺跡が発見されたのは昭和52年で、たまたま団地造成のための発掘調査で、水田を20~40cm掘り下げたところ出てきたそうです。
もし団地を造ることにならなければここは発見されなかったと思うと、偶然の奇跡のようなものを感じます。
今、私たちが何気なく暮らしている地の奥深くにも、もしかしたら古代の遺産がまだ発見されることなく眠っているかもしれませんね!

0 Comments

Post a comment